厚生労働省も介護業界で進めたいと考えている業務効率化。「介護サービス事業における生産性向上に資するガイドライン 改訂版」を作り、発表し、効率化に関して補助金を投入するほどに効率化を望んでいます。
その中に「マニュアル化」や「手順書の作成」などが重要であると書かれています。もちろん重要性は否定しません。
しかし、実際にはマニュアル化によってさまざまなデメリットが表に出てくる可能性があることを考慮して進める必要があります。
この記事を読んでいる方は、マニュアル化の重要性については十分に理解していると思いますので、そのあたりは足早に説明し、マニュアル化によってどんな弊害が出るのかを現場視点から解説します。
参考:https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/Seisansei_kyotaku_Guide.pdf
マニュアル化とは?介護現場での必要性とその利点
この章についてはごく簡単に解説します。
マニュアル化(手順書作成)の目的
介護現場におけるマニュアル化の目的は、スタッフ全員が一定の基準で業務を遂行できるようにすることです。
マニュアルを通じて、基本的な業務の手順や注意点を共有することで、新人スタッフでも迷わず業務を行える環境を整えられます。
また、日常的なケアや緊急対応の際に、一貫性のあるケアを提供するための指針となります。
効率化と一貫性を高めるメリット
マニュアル化により、業務の効率化が図られ、業務が標準化されることで、全てのスタッフが同じ基準でケアを提供しやすくなります。
ケアの質のばらつきが少なくなり、サービスの一貫性が保たれやすくなります。
また、急なスタッフの交代やシフト変更があった場合でも、マニュアルがあればスムーズな引き継ぎが可能です。特に、大規模な介護施設では、このような効率化が全体の運営をスムーズに進める肝となります。
マニュアル化の弊害とは?注意すべきポイント
月並みな説明をしてきましたが、ここからが本題です。
ケアの質の統一や底上げは重要ではありますが、良い点しか説明されないことが多いです。実際には注意するべきポイントが多々あることを考慮しましょう。
以下で詳しく解説します。
間違った教育方法を生み出すリスク
マニュアルに頼りすぎると、画一的な対応ばかりを教え込んでしまうリスクがあります。また、マニュアルを中心とした指導が現場で行われ、最終的には個別ケアを考える風土が失われるリスクがあります。
これは、スタッフの教育レベルが十分でない時に生じるものですが、介護業界において全スタッフに十分なスキルを求めるのは容易ではありません。
間違った教育の影響力は、新入社員にとって非常に大きく、多数の退職者を生み出しかねませんので気をつけましょう。
マニュアルはあくまで基本的なガイドラインに過ぎず、現場での臨機応変な対応や利用者の個別のニーズに応える必要性は常にあります。このことを、教育を担当するスタッフはわきまえている必要があります。
問題を解消するためには、スキルを学ばせることが重要です。特に、実際の介護現場ではマニュアル通りにいかないケースが多々あるため、スタッフが柔軟に対応できるような教育が求められます。
退職者の増加
過度なマニュアル化によって、スタッフが業務において主体性を持てず、やりがいや達成感を感じられなくなる可能性があります。さらに、マニュアルからケアのズレを許さないような間違った教育は、仕事の本質からズレてしまい、退職者を増加させます。
このような状況が長く続くと、スタッフのモチベーションが低下し、最悪の場合、退職者が増える原因にもなり得ます。特に、現場での創意工夫が評価されない環境では、スタッフの満足度が低下するリスクが高まります。
個別ケアの重要性が軽視されるリスク
介護においては、利用者一人ひとりの状態や希望に応じた個別ケアが重要です。しかし、マニュアルに縛られすぎると、こうした個別ケアの重要性が軽視される恐れがあります。利用者の身体的・精神的状態は常に変化するため、それに対応した柔軟なケアを提供することが求められます。
スタッフの主体性が損なわれる可能性
マニュアルに従うことが強調されすぎると、スタッフの主体性が損なわれる恐れがあります。介護は利用者とのコミュニケーションや信頼関係が大切であり、スタッフが自ら考え、工夫してケアを提供する力を育むことが重要です。しかし、マニュアルに頼りきりの環境では、こうした力が育たない場合があります。
介護現場における柔軟な対応の重要性
ここからは、マニュアル化による弊害を予防するための方法について解説します。
介護現場においては、柔軟かつ正確な対応が求められます。よって、スタッフの教育は欠かせません。以下で、柔軟な対応の重要性について解説します。
マニュアルに依存しない判断力の育成
現場では、マニュアルに書かれていない状況に対応する力が重要です。たとえば、夜間に利用者の不穏がみられた場合、迅速かつ適切な対応が求められます。そのためには、日常的にスタッフが自ら考え判断する力を養うことが不可欠です。
マニュアルに依存しすぎると、この判断力が鈍り、現場での柔軟な対応が難しくなるリスクがあります。
適切な対応をするためには以下のような幅広い知識が必要になるでしょう。
- 介護技術
- コミュニケーション技術
- 疾患の知識
- 介護保険法
- 携わるサービス特性
- 組織の指示命令系統
など、さまざまな知識を組み合わせて、適切な対応を実施する必要があります。
具体的に、認知症の方が夜間に帰宅要求をしはじめ、不穏になったケースを考えてみましょう。
たとえば、認知症の方が夜間に「家に帰りたい」と強く訴え、不穏になった場合、対応は単に利用者本人とのやり取りだけでは不十分です。まず、スタッフはその方の家族とのコミュニケーションも重要視する必要があります。事前に家族との関係性や家庭内での習慣、家族が持つ情報を把握しておくことで、利用者の行動の背景や安心させるための具体的な方法が見つかることもあります。たとえば、家族との過去の出来事や生活習慣に基づいた会話を通じて、不安を和らげることができるかもしれません。
次に、認知症に関する知識を活用して、利用者が「帰宅したい」という発言をする理由を深く理解することが重要です。認知症の方にとって「家に帰る」という表現は、単に住んでいた家に戻るという意味だけでなく、過去の安心できる環境や習慣を求めている場合が多いです。この背景を理解することで、無理に帰宅を否定するのではなく、別の方法で安心感を提供することが可能になります。また、認知症の進行度によっても対応は変わってくるでしょう。ケア方法に正解はありませんが、理解することが重要です。
さらに、スタッフは自分が勤める施設やサービスの特性や、対応できる範囲を把握しておく必要があります。夜間に特定の対応が求められた際に、施設として対応可能な範囲を知り、無理のない範囲で支援を提供することが重要です。たとえば「個室の鍵付きの部屋を用意しろ!」などの要求があった場合、従来型特養のような個室設備の無い施設なら対応は不可能です。また、利用者によっては少人数で過ごすのが望ましいケースや大人数で過ごすのが望ましいケースなどがあるでしょう。現状の施設やサービスの特性を理解し、可能なサービスの範囲を見極め、必要時には他のサービスの利用を含めて提案や検討することが大切です。
加えて、自身がその場でどこまでの決定権を持っているのかも認識しておくことが大切です。たとえば、ショートステイの場合を考えてみると「個人的な判断でサービス利用中止、つまり家に帰宅させる判断ができるのか?」この決定権を持っているかどうかを全スタッフが押さえておく必要があります。場合によっては、すぐに上司や他の専門職に相談する必要があるかもしれません。また、ルールをちゃんと決めていく必要があるかもしれません。
このように、利用者の状態や施設の対応範囲、家族との連携、そして認知症に関する知識を総合的に活かすことで、利用者にとって最も適切な支援を提供することが求められます。マニュアルに頼るだけではなく、スタッフ一人ひとりが状況に応じた柔軟な判断力を養い、適切な対応を行うことが重要です。
利用者に合わせた臨機応変なケアの提供
利用者の状態や要望は日々変わります。マニュアルはあくまで基準として活用し、利用者ごとのニーズに応じた臨機応変なケアを提供することが重要です。たとえば「食事介助」というマニュアル指示があったとしても、ある利用者には食事の補助が必要であっても、別の利用者にはお皿の入れ替えだけで十分な場合があります。このように、個別の状況に応じたケアを提供することが、利用者満足度の向上につながります。
マニュアルと現場のバランスを取るための対策
マニュアルは万能ではなく、デメリットも抱えています。ここでは、どうやって現場のバランスを取っていくのかについて解説します。
定期的なマニュアルの見直しと更新
マニュアルは一度作成したら終わりではなく、定期的に見直し、更新することが大切です。利用者の状態やスタッフのフィードバックに基づいて、マニュアルを適宜修正することで、より実践的なものになります。
また、法令やガイドラインの変更にも対応できるように、定期的な確認とアップデートを怠らないことが重要です。
マニュアル更新については、担当者を決め、更新するルールを決めるのが良いでしょう。あいまいな状態のまま進めると、マニュアルが更新されず、徐々に使われなくなるリスクがあります。
マニュアルが使われなくなった時、業務の申し送りは口頭や手書きになってしまうため、伝達に時間がかかり、ケアの質もバラつくようになる可能性があります。
マニュアル外の対応を奨励する風土の構築
マニュアルに記載されていない事態に直面した際に、スタッフが自由に判断できる環境を作ることも大切です。
そのためには、マニュアル外の対応を奨励し、スタッフ同士で共有する風土を構築することが求められます。これにより、柔軟な対応が促進され、現場全体のケアの質が向上します。
ただし、風土を作るというのはルールを作るのとは違い、とてもあいまいで難しいです。
より良いケアについてスタッフ同士で切磋琢磨するような空気にならなければ、その風土は作られません。
非正規雇用や外国人実習生が多数の環境では、モチベーションが保たれにくく、難しくなることでしょう。
スタッフの意見を反映した柔軟なマニュアル作成
マニュアルは現場の実情を反映したものでなければなりません。スタッフが日々直面している問題や改善点を集め、それをマニュアルに反映させることで、より効果的なツールとなります。スタッフの意見を積極的に取り入れることで、現場に即した柔軟なマニュアルが完成します。
マニュアル作成者は、現場から遠くない役職の方に担当してもらうようにすると良いでしょう。
まとめ
とにかく、介護業界においてはマニュアル化が問題解決の中心となると思われがちですが、注意しましょう。
スタッフの教育の目線を忘れてマニュアル化だけを推進すると、間違ったマニュアルの使われ方や教育が行われ、職場環境が悪化するリスクがあります。
たとえば、マニュアルからズレたケアをしたスタッフを「間違っている」と指摘して精神的に追い込むなどが考えられるでしょう。
マニュアル作成というケアの最低基準作り(土台作り)と共に、職員のケアの質を底上げする教育も同時に行うようにしなければリスクがあることを気に留めておきましょう。
コメント