介護施設で「ヒヤリハット報告書」を作成する機会は、きっと少なくないでしょう。
あなたの職場には、報告様式として「インシデント報告書」や「アクシデント報告書」などはありますでしょうか?
これらの様式が無く「ヒヤリハット報告書」しか存在していない場合、その職場では事故が多発する可能性が十分に考えられます。
なぜなら、事故の分析が適切に行えず、事故を未然に防ぐことも、予防することも上手く行えないからです。
事故報告様式がヒヤリハット報告書のみという環境は過剰な労力を要する
ヒヤリハット報告書しか様式が存在しない場合、以下の全ての事例が様式に含まれます。
ヒヤリハット | 業務プロセスに問題はないが、事故に至る可能性があるもの |
インシデント | 事故には至らなかったが、業務プロセスに問題があるもの |
アクシデント | 実際に事故に至ったもの |
上記の3つは、それぞれ重要度が違い、当然ながら求められる情報量も異なります。つまり、報告様式はそれぞれ用意した方が良く、それによって記録業務や判断の労力を減らすことができるでしょう。
しかし、報告様式が「ヒヤリハット報告書」のみの場合、上記の3つの内容をすべて同じ様式に書くことになります。
様式についてはさまざま考えられますが、当然ながらアクシデントも書く様式のため、ある程度は詳細な報告書様式になるでしょう。
この時、ヒヤリハットやインシデントも詳細な報告書様式に当てはめて記載しなければなりません。
ヒヤリハットのレベルだと、アクシデントを報告するような書式には合わない内容が多く「記載するのか?記載しなくて良いのか?そもそも内容が当てはまらない…」などと判断する労力がかかってしまいます。(ムダなコスト)
さらに、ヒヤリハット〜アクシデントまで、すべてを記載する様式を使っていると「なんの事象を書けば良いのか?」すら迷う環境が作り上げられます。なぜなら、事象を書く際に様式が当てはまらないという行為を繰り返し、毎回、迷いが生まれるからです。
このように適切な報告書がなく「ヒヤリハット報告書」という1つの様式で報告を行なっている場合、以下のような過剰な労力を生み出します。
- 判断コスト増悪
- 判断に迷う環境の醸成
- ムダな記録業務の増加
ヒヤリハット報告書のみという環境がスタッフの未報告を作り出す
ヒヤリハット〜アクシデントまで、すべての事象をヒヤリハット報告書に収める業務プロセスを続けていると、スタッフは報告を避けるようになります。
それにより、ミスが報告されず、陰でインシデントレベルの事象が多発し、アクシデントに至るケースが増えるでしょう。
なぜ、このような環境でスタッフは報告を避けるようになるのか。
それには2つ理由があります。
- 前例を確認して、報告を迷う
- 報告に要する労力が大きい
前例を確認して、報告を迷う
1の事象については、スタッフが次のように迷うことが原因となります。「ヒヤリハット報告書は何を報告する様式なのか?」
さらに具体的に示すと「ヒヤリハット報告書はヒヤリハット・インシデント・アクシデントのどれを記載するための様式なのか?」
ここまで具体的に理解していなくても、前例を確認した結果、情報がバラついており、どのレベルの事象を書くべきか迷ってしまうのです。
その結果「このレベルなら報告しなくても良いかもしれない」という判断をするスタッフが生み出され、未報告が増加します。
報告に要する労力が大きい
2の事象については、そもそも1つの様式ですべてを済まそうとすると「重大な事象」に合わせる必要があります。
そのため、詳細な情報を求められる様式を常に使わなければなりません。(ヒヤリハットレベルの事象であっても)
よって、実際に起きた事象がヒヤリハットなどの軽い事象であるほど「この情報を書くことができない」「様式に当てはめるために何か書かなければいけないか?」などと、判断を常に迫られ、労力が割かれます。
よって「疲れるからできれば報告書を書きたくない」という環境が作り出されるのです。
ヒヤリハット報告書のみという悪い環境を抜け出す方法
シンプルに様式を分割して対策しましょう。
- ヒヤリハット報告書
- インシデント報告書
- アクシデント報告書
3つを用意しなくても「インシデント報告書」と「アクシデント報告書」の2つでも良いかもしれません。
しかし、用意したところで問題が考えられます。
「スタッフの理解が得られるか?スタッフが理解できるか?」
といった部分です。この報告書のレベルをスタッフが認識できない環境では、おそらく教育の致命的な不足が問題にはなりますが「教育」と「ルール」を同一に考える必要はありません。
スタッフの教育が追いつかなくとも、ルールを敷きましょう。
具体的には、マニュアルの作成です。
適切なヒヤリハット・インシデント・アクシデント報告マニュアル
職場の報告のルールとして、上記の図などを用いましょう。(他にもhttps://www.jcho.go.jp/wp-content/uploads/2017/07/20170728anzenshishin.pdfのような分類基準もあります。)
これらのようなインシデントやアクシデントの分類基準を用いて、それぞれのレベルに合わせて「インシデント報告書」や「アクシデント報告書」を書くようにルール化すると良いでしょう。
最初は、スタッフが迷うこともあるかもしれませんが、その都度、管理者等がルールを説明することで定着が図れるはずです。
少なくとも「ヒヤリハット報告書のみ」という常に迷い続ける環境よりは確実にサービスの質を上げることにつながる環境が作り上げられるでしょう。
教育方法については、以下記事をご参考ください。
インシデント・アクシデント報告書様式
インシデント・アクシデントの報告書の様式は以下をご参考ください。
インシデント報告書
項目 | 詳細 |
---|---|
報告者氏名 | [氏名を記入] |
職種・役職 | [職種・役職を記入] |
勤務シフト | [勤務シフトを記入] |
発生日時 | [YYYY年MM月DD日 HH:MM] |
発生場所 | [具体的な場所を記入] |
インシデントの種類 | (例: 転倒、薬の誤投与、情報の漏洩等) |
インシデントの状況 | [詳細に記入] |
報告者の私見 | [再発防止策や改善案などの意見を記入] |
添付資料 | [写真、診断書、その他の資料の有無を記入] |
提出日 | [YYYY年MM月DD日] |
アクシデント報告書
項目 | 詳細 |
---|---|
報告者氏名 | [氏名を記入] |
職種・役職 | [職種・役職を記入] |
勤務シフト | [勤務シフトを記入] |
発生日時 | [YYYY年MM月DD日 HH:MM] |
発生場所 | [具体的な場所を記入] |
関与者(利用者) | [関与者(利用者)の氏名または匿名での特徴記述] |
アクシデントの種類 | (例: 転倒による骨折、薬の過剰投与による健康被害) |
発生状況の説明 | [事故が発生した具体的な状況、原因と考えられる要因、関与者の行動を詳細に記入] |
被害状況 | [事故による具体的な被害内容(人的、物的被害)を記入] |
初期対応 | [事故発生時の応急措置や対応を記入] |
現在の状態 | [事故後の被害者の回復状況や修復状況を記入] |
予防策 | [同様の事故を防ぐための具体的な予防策を記入] |
改善提案 | [業務プロセスや環境、教育訓練に関する具体的な改善提案を記入] |
添付資料 | [事故現場の写真、関連する診断書、その他の資料を記入] |
報告書提出者署名 | [署名] |
上司または管理者署名 | [署名] |
提出日 | [YYYY年MM月DD日] |
なぜ適正な報告書様式が作られない環境が続いてしまうのか?
報告書が曖昧なまま、リスクが報告されない状況は、かなり危険です。大きなトラブルにつながる可能性があります。
では、なぜそのような環境が許容されるのでしょうか?その理由の可能性としては以下の3つが考えられるでしょう
。
- 管理職が自己研鑽を怠っている
- 管理職のポジションが変わらない
- 責任を逃れたい意識の蔓延
管理職が自己研鑽を怠っている
インシデント・アクシデントという言葉は、おおよそ西暦2000年頃から生まれ始めたものと考えられます。
参考:https://sp.m3.com/news/open/iryoishin/670246
つまり、西暦2000年以降に学生だった方々は自然とインシデントやアクシデントという言葉を学ぶ環境にありますが、西暦2000年に既に社会人だった方々は自ら学び、理解する必要がありました。
日本人は「ゼロ勉強社会人」が52.6%もいるというデータがありますから、インシデントやアクシデントという言葉を知らないまま管理職を継続しているケースは少なからずあると考えられるでしょう。
参考:https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/fa5e772fdf159d49fcccf348dc8a9a6a2125c3ae
管理職のポジションが変わらない
「ゼロ勉強社会人」のまま管理職を継続し、インシデント・アクシデントという言葉を理解しないまでは良いとしましょう。
リスクマネジメント不足を理由に適切に管理職の入れ替わりが行われれば問題は無いのですが、適切な人事評価システムが無い場合、それも難しくなります。
リスク評価システム・人事評価システムが曖昧なまま時間が経ってしまうことで、報告書様式が「ヒヤリハット報告書のみ」という常に迷い続ける環境が醸成されるのです。
責任を逃れたい意識の蔓延
ヒヤリハット・インシデント・アクシデントといった評価や人事評価システムも曖昧にしておくことで、責任を逃れやすい環境になります。
明確に情報が整理されないため、誰に責任があるのか有耶無耶にできます。
よって、責任を回避しやすい環境ができあがるのです。
もちろん、すべてを明確にすることによる弊害はあります。
明確に評価するシステムを構築することで、実力やミスが正確に評価されてしまうため、厳しい環境になってしまいます。
誰しも、責任を負ったり、自分を評価されるのは怖いことでしょう。
しかし、ミスを見逃し、責任を回避し、その後に訪れるのは重大な事故です。
スタッフ自身が評価される怖さを理由にして、利用者の事故を許容する環境になってしまってはどうしようもありません。
なるべく事故を予防できるシステムを作り、安全に利用者が生活できるように努めるべきでしょう。
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